あなたも還りなさい。愛し合うため

旅行に行った。新田美波とである。間違っても、写真写りがチンピラかよく言ってミナミの下っ端ヤクザでしかない某プラモ野郎とか、則巻センベイの顔のデカさに勝るとも劣らない声のデカさを誇る某電車野郎とではない。そこだけは強調しておきたいのである。もしそのようなことがあったならば、それは平行世界の相当遠い相沢となのであろう。


城崎温泉には、電車で行った。最近の特急には車内販売がない。僕と美波は、朝のコンビニで予め必要なものを買い込むことにした。
美波は僕のかごを覗き込み、お酒、買いすぎじゃないかな、と少しだけ眉を寄せて言った。僕はそうかなあと呟きながらやり過ごそうとしたが、こんなところで美波の不興を買いたくはない。美波がいれば、酒は少しでいい。僕がかごの中の一本を棚に戻すと、美波はそのスペースにお茶を放り込んだ。そして飲むときには水分補給が大事だからねと、今度はいたずらっぽく笑ったのである。
だから決して、あのファッキントレインマンに、朝の大阪駅で耳元で大声で騒がれたり、「600人くらいホームで待っとったらどうすんねん!」という謎の理由でホームに降りるのをせきたてられたり(当然のように早朝のホームには数人ほどしかいなかった)、僕の不用意な「よう写真取るなあ」というコメントに「職場でほんまに行ったんですかって聞かれたらどうやって証明すんねん!」(そんなん聞かれた覚えがない)、などと切れられたりはしていないのである。いやほんとに。平行世界だからね、平行世界。


城崎は雨だった。この時期、雪でないのは珍しい。ただ美波は空模様よりも、駅前の観光客の多さに驚いていたようだ。
ロープウェーに乗り、展望台へ行く。景色は良かったが、少々寒かった。どうせ来るなら夏が良かった。そう呟くと、じゃあ暖かくしてあげましょうかと、美波が左腕に抱きついてきた。そして照れて海を凝視する僕を、くすくすと笑ってからかうのだ。
売店で、ぜんざいを買う。近くに焼けた炭があり、そこで餅をセルフで焼く仕組みだ。僕はすんなりと焼けたが、美波は少し焦がしてしまった。今度は僕がからかう番だ。こっちの方が香ばしくておいしいの、などと、美波は少し拗ねたように言った。
だから決して、昼食の海鮮丼が美味しかったので、調子に乗って食べ過ぎて腹具合がアレだったこともなかったし、だから腹ごなしにとロープウェーを使わずに山に登ってその急斜面に死にそうになってもいないし、その直後に調子に乗ってビール頼んで酔いがガツンと来て気持ち悪くなってもいないのである。マジで。ほんとマジで。ていうか雪の山道が泥濘まみれで、割といい靴が台無しになってしまった。ズボンに泥跳ねたし。アホな行動は慎むべきである。いやその前に食べ過ぎるな飲みすぎるなと言いたい。勿論、それはあくまでも平行世界の自分に対してだ。当然のように僕の隣には新田美波がいたはずなのである。マジで。リアルマジで。


チェックインののち、部屋に入った。二人にしては広い。美波はさっそく浴衣を取ると、覗かないでねと笑いながら洗面所に消えた。僕はなんとなく手持ち無沙汰で、ひとりでぼそぼそと浴衣に着替えた。
いくつか、外湯をはしごした。熱い湯に、温い湯。露天に、室内。様々な湯が、僕と美波を迎えてくれる。そのような時間帯だったのだろうか、温泉はとても混んでいた。適当に時間を決めて、美波と別れる。一人になって脱衣所に入ると、人ごみの中なのに寂しさが左胸のあたりに忍び寄ってきて、少し困った。
こちらが時間ぎりぎりだったのに、美波は既にそこにいた。女の人は時間がかかるものだと思っていた。僕の間抜けな嘆息を聞いて、時間くらいちゃんと守るわと、美波は僕の頬を透き通るような爪で弾いた。
もう言い飽きてきたのだが、だから決して、文芸館で書いた短歌がいまいちで悶え死にしそうになったり(他の二人は結構いい感じだったのに)、酔った後だからか温泉後に体重が1.6キロも落ちてて俺死ぬんじゃないかとびくついたり、そもそも三軒目あたりで割と湯当たり気味でぐったりしていた、なんていうことはないのである。ないのである。大事なことなので2回書いたのである。しかし水分補給の大切さが身にしみた時間でした。温泉はどても最高で、特に駅前の露天風呂は温めで素敵だった。本当に水分補給である。それと、宿で雨だからと長靴を貸していただいたのだが、それを履いているのが僕らくらいで、周りは皆下駄姿だった。ちょっとこれはダサいかな、などと思っていたのだ。しかし翌日、下駄を履いて僕は思った。痛い。歩きにくい。寒い。というわけで、平行世界の相沢は、次に来るときにはサンダルを持参しようとかたく心に決めたわけなのである。しかし浴衣で温泉を巡るのはめちゃくちゃ良かった。それは美波が隣にいてもいなくてもかわるものではないだろう。


何でもできそうに見える美波だが、蟹の身をとるのは不得手のようだ。最初はそれでも、見得もあったのか必死になっていたのだが、中盤からは諦めてしまったのか、残り身の多い殻をこちらに遣すようになった。僕は何も言わないし、美波も何も言うでもない。ただ、美波の日本酒の量が増えていることに気付かなかったのはいけなかった。冷酒。にごり酒。熱燗に果実酒。蟹雑炊まで食べ終え、さあもう一風呂と思ったときには、既に美波はいつもより赤い顔でうつらうつらとしていた。慌てて布団を敷き、美波は軽い寝息を立て始める。9時の半ばをすぎた頃だ。僕とて男である。また、はじめてのふたりの温泉旅行だ。期待は大きかった。しかし美波は、寝てしまった。はあ、とため息をつく。僕も酒での不首尾は多い。ならば仕方がない。僕はタオルをとり、美波ならぬ美星でも眺めよう、と内湯へと向かったのである。
だから、なのだ。だからしつこいくらいに言っているのだが、僕は当然のように酔いつぶれてはいない。朝からあれだけ飲んでたのも忘れていつものペースで飲み、夕食直後にがくんと気持ち悪くはなっていない。内湯に向かう途中にJポップもかくやというほどに寒気で震えてなどしないし、美味い飯に酒に絶好調のブロガーA氏を羨ましく見上げながら脱衣所で青白い顔をしてなどまったくない。少しマシになってA氏に持論をとつとつと喋りだしたりしていないし、なんかもうよくわかんないけどモバマス談義でスベったりもしていない。していない。していないったらないのである。しかし飲みすぎた。これは反省だ。旅先だからなんとかなると思ったのだが……。気持ちが若くても内臓は素直である。最近飲みすぎると掌が赤く腫れて鈍痛が走るのだが、これはどの臓器が悲鳴を上げているのだろうか。ていうか今も割と違和感が残っている。いつも頑張ってくれている内臓諸氏には申し訳ない気分で一杯、いやいっぱいなのだ。美波を慈しむように内臓を慈しまなければならない。ともかく、布団の中は暖かかった。眠りに落ちるまでの幸福感は、現実も平行世界もきっとかわらないのだろう。例え向こう側の自分が、気持ち悪さと必死で戦っていたとしてもだ。


次は、降りる駅だ。帰りの特急電車は、夕焼けに似ている。切なさと諦めが、同時にそこにいる。
朝は気まずそうだった美波も、朝の外湯に入ってから復活したようだ。一緒にお土産を見て回り、顔より大きそうなハンバーガーをぱくつき、梅酒入りパフェを食べた。僕の携帯には、頬にクリームをつけた美波の笑顔が残っている。
次は。ふわりと、美波の掌が袖に触れた。荷物を取ろうと、立ち上がったときだ。ちゃんと、しようね。決然とした声だ。僕は思わず微笑んで、ぽんと美波の頭を撫でた。ありがとう。頬を染めて恥ずかしげにしている美波には、いつもの大人びたところはない。そんな美波が可愛くて、僕は本気で彼女を独り占めする方法を考えたのだった。
というわけで、彼女との旅行記である。彼女との旅行記なのである。決してドリーム小説というやつではない。新田美波とのデートをガチ妄想してニヤついているキモオタなどここにはいないのである。ていうかやはり百合の方が楽しい。是非ここは「僕」ではなく「楓」と変化して読んでいただきたい。ていうかここまで書いたのだから、今日の夢にでも出てきて楽しませて欲しい次第である。夢の中で、夢の中で、夢の中でイってみたいと思うわけだ。ウフッフゥーッ! それはまあいい。新田美波は可愛い。そして旅は楽しい。二日目もハンバーガーやパフェ、日本酒かけソフトクリームではなくソフトクリームin日本酒は最高だった。気の合うカスどもがいて、美味い酒に食事があり、さらに良い風景や心地良い風があればそれでいいのである。
というわけで、旅行記だった。平行世界のも書いたので結構疲れたが、こんなもんだろう。明日胃カメラ飲むので、今日明日は禁酒だ。そんな中でよく書いたものである。どうせ飲むなら胃カメラじゃなくて新田ちゃんの唾液飲みたい。ていうか今日の夢に出てきて欲しい。切実に。それでふたりで宇宙の風になりたい。それか魂のルフランをふたりで熱唱したい。CV林原めぐみで。それって新田美波だっけ。まあいいや。結局あれですね。隣に新田美波がいても、クソ野郎共がいても、どのみちいい旅はいいってことですよね。無菌室にいても身体を拭き続ける潔癖症もいれば、排泄物の中で絶頂を迎えるスカトロジストもいるってことでね。クソだけにね。よくわかんないですが、そういう平行世界的な旅でありました。以上です!!