のりしまSS3



 道端でピストルを拾った。ずしりと重いそれは、綺麗に黒光りしていた。ひっくり返したり指で弾いたりしてみたけど、本物を知らない私にはそれが本物かどうかは分からない。話に聞く安全装置もついていない気がした。
 とりあえず鞄の中に入れて、私は学校に向かうことにした。


『ピストル』


ごきげんよう
 軽く首を傾けての挨拶。鞄にピストルが入っているせいか、いつもよりぎこちなかったかもしれない。それでも私は白薔薇のつぼみだし、そのあたりはきっちりしないといけない。特に瞳子には要注意だ。なにしろ前科がある。

 生徒の鞄にピストルが入っているというのに、先生は相変わらずな授業をしている。白薔薇のつぼみがピストルを持っているというのに、級友たちはテレビドラマの話をしている。それがなんとなく退屈で、だけどなんとなくおかしかった。見えないものは存在しない。神様と仏像の違いだ。
 それが本当だったら良かったのに、と鞄の中のピストルを撫でながら思った。過ぎていく昼休みは、鉛球のように感じられた。


 放課後、今日に限って薔薇の館には私と志摩子さんの二人きり。実は神様はいるのさ、とマリア様に土下座したい気分になった。もちろん本物のマリア様なら土下座なんて喜ばないだろうけど。

 二人きりでかりかりとペンを動かしていると、とてもふわふわとした気分になる。宇宙船から脱出するポッドであっても、深海調査船であっても、多分その空気は変わらないだろう。志摩子さんの出す空気は、鞄のピストルですらもアクセサリーみたいなものに変えてしまうような気がする。


 だから、好き、なんて言う機会はないと思ってた。少なくとも、それは志摩子さんにとっては万人に向けられる、神様の愛みたいなものだったから。

「ねえ、志摩子さん」
 まさかこんな瞬間が来るとは思っていなかった。心臓が少しドキドキする。
「どうしたの、乃梨子?」
 柔らかく志摩子さんは振り向く。鞄に差し込んだ手が、硬質な感触に当たった。
「あのさ、ちょっとゲームしてほしいんだけど」
 引き攣らないように言っても、今回は多分見抜かれない。志摩子さんは一瞬だけ不思議そうな顔して、そしてすぐにそれは笑顔に変わった。
「あら、何かしら?」
 私も、少しだけ笑った。



 鞄からピストルを引き抜く。狙いを合わせる方法なんて知らないから、とにかく自分の真正面で固定した。引き金を引けば、志摩子さんのどこかに当たるように。
乃梨子……?」
 志摩子さんの笑みが固まる。合わせてふわふわとした空気も固まった。ある意味でそれを心地よく感じて、私の心は何かで震えた。
「これ、道で拾ったんだ」
 映画の誘拐犯の口調を思い出しながら、私は喋った。心臓の音が無駄に大きく響いた気がする。志摩子さんの表情は硬い。
乃梨子、それって……」
「ごめん志摩子さん。今は私の話を聞いて」
 指を引き金にかける。ごくん、と二人のちょうど真ん中あたりから唾を飲み込む音が聞こえた。ピストルの重さが、両肩に堪えた。



「あのね、志摩子さん。私ね、今までずっと言えなかったことがあるの」
 瞳と瞳。こんなに近づいたのが初めてな気がした。
「私、志摩子さんのこと、愛してる」
 心と心。こんなに触れ合ったのが初めてな気がした。
二条乃梨子として、藤堂志摩子を愛してるの」
 それは勿論思い込みかもしれなくて、でも、だけど、だからこそ。
「でも、志摩子さんはそういうのって全部ダメだと思うから、お願い、これで決めさせて」
 すべてを砕くつもりで、私はその引き金を引いた。


 もし弾が入ってたら、志摩子さんは断罪される存在なのだろう。だからそれなら私の勝ちだ。死んでも死ななくても、私は志摩子さんを愛する。普通の恋人のように、性欲の対象として。

 
 コマ送りで回る世界で、志摩子さんの声が聞こえた。その声を発する唇を奪いたいと、私は何度思ったか。激しく、刹那的な、そんな初恋。
 だからピストルだったんだ、となんとなく思った。



「ごめんなさい……」
 うなだれるれる私を差し込んできた西日が照らす。やるせない想いが胸の内を満たす。
志摩子さん、ごめんなさい……」
 それでも、やってしまったことを、巻き戻したりは出来ない。



乃梨子……」
 だけど、そんな私を志摩子さんは抱きしめた。気の抜けた音しか鳴らなかったピストルは、やっぱり私みたいだった。そして、そんな私をまるで自分の子供のように抱きしめる志摩子さんは、本物のマリア様みたいだった。本物のマリア様になんて、こんな私じゃ会えないけど。
 私がしがみついて泣いている間、志摩子さんは黙って私の背中を撫でていてくれた。ピストルが床に落ちる音を消すぐらいそれは優しくて、私は更に泣いてしまった。その優しさが愛しくて、それがとても憎かった。



 いつもよりも2倍の長さで、マリア様にお祈りした。ピストルは二人で薔薇の館の傍に埋めた。結局はモデルガンだったのかもしれないけど、それはどちらでもいいような気がした。

 ピストルみたいな恋。恋みたいなピストル。どっちにしろ私には似合わなかった。そして、それだけのことにしてくれた志摩子さんの優しさは、私には少し高級すぎるものだった。