のりしまSS5

 リハビリに。つーかこれもう10ヶ月は前にやってたのか。なんだかなあ。



『あまぐり』

 パキッ、と小気味良い音を立てて、指の間の甘栗がはじける。爪を立てた硬い皮の下で、つやのある実が顔を出している。良い気分だったけど、それが当然、と背伸びするために、なんでもないような顔をした。隣に座る志摩子さんには、いつでも自分のいいところを見て欲しい。
 雲の上で、どんなもの拡散していく。耳には暖かい静寂。鼻には柔らかな匂い。腰によさそうな感触を楽しみながら、私と志摩子さんは甘栗を剥いている。勿論、皮のポイ捨てなんてしたりしない。私たちが落とした皮が、雨になって世界中に降り注ぐ。なんていう想像は楽しいけれど、実際に起こったらそうでもないだろうし。

「良い栗ね。皮の間に空気が入ってないわ」
志摩子さんが持ってきてくれた栗だもん。当然だよ」
 我ながらいいことを言ったな、と思ったときに、ごうっ、と飛行機が雲から顔を出した。ここからは離れているけど、音と存在感は伝わってくる。言葉を邪魔されて、というよりも志摩子さんとの時間を邪魔されたように感じて、私は少し不機嫌になる。無粋、なんて言葉が頭をよぎった。
 しばらく飛行機は上昇を続けて、やがて大きな音とともに下降に向かう。緩やかな弧を描いて、まるでスローのトビウオみたいに。確かにそれは、無音で見るなら綺麗かもしれないけれど。その間、私と志摩子さんは一言も喋ることができなかった。


 パキッ、と手の中の栗が、小気味良い音を立てる。少しだけ辺りに響く気がする。かき回された景色と空気が、微妙な差異を醸し出す。
 会話を探そうとして、ちらちらと隣を盗み見した。志摩子さんは相変わらず綺麗に、甘栗の皮を剥いている。余計な力は入れずに、的確に、優雅に。
 そして。その綺麗な口が、カモメのように言葉を紡いだ。

「ねえ、乃梨子
「なに?」 
 答えて、少し後悔。さっきの影響か、声に棘が混じってしまった。しまった、と焦りながら、志摩子さんの方に本格的に顔を向ける。
「いつか、飛行機にも乗りましょう」
「えっ?」
 にこり、と。どこか愉快げな、志摩子さんの微笑み。ふわふわの雲の上で、だけどしっとりと。さっきまでとは別の意味で、自分の顔に血が上ってくるのが分かった。
「それも、きっと楽しいわ」
 不意打ちに近い、だけど安心を含んだ表情が、自分を軽く見つめている。
 かなわないなあ、と。ついつい嬉しくなって、私も笑顔になってしまった。志摩子さんと、雲の空気に。穏やかな顔の太陽に。
「そうだね。きっと、そういうのも楽しいよね」


 甘栗を口の中に放り込む。上品な甘さが喉を伝う。良い天気、と思って、雲の上に良い天気も何もないな、と苦笑いをして。志摩子さんと私と、ふわふわな雲の上で。いかにも楽しげな音に合わせて、手の中の栗が緩く光った。