イチニツイテ

 いやー楽しかったですね「一瞬の風になれ」は。バッテリーは3巻で止まってる僕ですが、こっちは勢いだけで最後まで行きました。なんてすらすら読める文章だ。夜は短し〜を読んだときは、こんな楽しい文章があるのかと驚いたものですが、これはまた別の意味で、あーこういう感じあるんだなあと感心しました。そして陸上部の青春!! いいですね。部内にいる凄い奴。仲間。ライバル。目標。好きな子!! おじさんじんと来ちゃったよ……。読んでるとスカっとしますね、彼らの爽やかさは。獣の奏者なんてすっきりとは全然しないからなあ。人と人とが集まって出来る、国やら時代の流れやらそういうものに押し流されるガンダム的な話だしなあ、あれ。いや多分だけど。でもこっちはそういうのはないから。怪我は怖いし、付き合いづらい奴もいるけども、それでも底抜けの明るさというか、ああ前だけ向いてるねえ青春だねえニクいねえみたいなものを感じられてYES。
 本当に驚くほど嫌な奴がいないんだよな。主人公の神谷がまずサッパリとしたいい奴だしね。素直に読者がいいタイムだしてほしいなって思えるイケメンなので、スイスイと物語にハマれます。連も、はじめサボリがちな天才だったのが、神谷に引き込まれてかどんどん努力とか、負けん気とかそういうことを覚えていくのがいいね。それにイカす顧問みっちゃんとか、いたら楽しいだろう友人根岸、ピンポンでいえばドラゴン的ポジションの仙波。みんなカッコいいし、爽やかだし、なにか胸にぐっと来るんだよな。それに女性陣も、まあトリは映える奴なのはわかるんだけど、やっぱ谷口若菜がいいやね。こういう娘素敵だよ。ヲタクが明らかに好きになりそうだけど、あんまり見ないタイプだよね。俺は超好き。また神谷がいい奴だから、このふたりには絶対に幸せになってほしいなって素直に思えてしまうのが、まあなんか悔しい気もしないでもないんだけど。連の方は思えないからいいな。天才だし。
 陸上の小説ですが、その陸上のシーンが驚くほどに上手いというか、ドキドキします。基本キョンのように神谷の喋りで進むのですが、こちらは逆に無駄なものが何一つない。ていうか逆にケータイ小説みたいな、いやもっとあってもいいかなと思うように少ないんですが、また逆にスピード感や勢いを感じられて良い感じなんです。陸上っていうある意味びっくり箱みたいで、かつ僕はやったことのない競技なので、神谷の視点ですすっと行って貰うのがよくあってたのかな。でもよかったですよ。なんかいい言葉がいいタイミングで来るんだよな。神谷の喋りだから頭いい言葉なんて来ないんだけど、いいところは絶妙に決まる。特にラストの関東決勝、「位置について」からのスピード感とかごっついごっつい。いっちいちカッコいいし、ああ神谷成長したなって思うし、アスリートの集中というか、見てるものみたいなのも見える気がする。ぱっと見は軽そうなのにな。なんといいますか、この世には言葉に出来ない感情というか、ぐっと来ることがあって、それをでも言葉で表そうと考えて七転八倒している人が多いわけですが、佐藤多佳子はある程度それに成功したんじゃないかな、と思います。競技が終わるたびにふう、ってなったなあ。
 素敵な話でした。こんなのもあるんだねえ……。良作です。ってドラマになってるのか。ハマったらいいドラマになるとは思うんだけど、うーんどうかなー。とりあえずみっちゃんがウッチャンなのが気になる。凄く。
 それと小川洋子の「猫を抱いて象と踊る」ももっそい良かった。序盤は結構眠くなるんだけどね。小川節だし。でも身体が文章に入っていくと、なんかノってきます。チェスは知らないんだけどね。将棋的にはなんか主人公ウザいやつみたいに見えなくもないんですが、そこは小川節にうまいこと持ってかれて、ああ詩を書いてるんだなみたいな妙な納得をしてしまいます。それとミイラがイカしてる。ミイラはねえ。いいんだよな。あの幸薄そうな感じがねえ。主人公とミイラの、もうなんかなんだろう、先も祝福もなさそうだけど二人だけが理解している心のつながりというか、二人だけには見えている美しさみたいなものがあって、でも現実の前にゴリゴリと潰されていくみたいな。そういうのが切なくて切なくて。主人公はなんか、小川節だからか、変だし。そこがいいんだけど。でもラストのゴンドラを上っていくミイラには泣けた。あの切なさはなんだろうなあ。二人にはわかる美しさの、あの儚さはどうもこうもないものでした。ほら俺も美しさとか使っちゃってるし。そういうところがあるんだよな、小川洋子には。透明感のある美しさが。一瞬の風になれ、を読んだあとだと恥ずかしくなるけどね、そういう表現が。でもいいんだよなあ、これが。あと唇から生える脛毛とか、ミイラの肩に止まる鳩とか、世界一小さいチェス版とか、そういう小川ギミックもイカしてる。
 しっかしいい本はいい本だよな。素敵、人生。なんせまだまだ死ねないぜ。マジでね。いや、マジで。