獣の奏者

 を読んで週末から風邪引いてぶっ倒れてたんですが、いやでも面白かったなーこれ。「守り人」シリーズの上橋菜穂子さんの本ですが、さすがにこのレベルが2作続いたら鉄板という他はないですね。素晴らしい。ファンタジー世界の中で、獣の奏者ならば王獣と闘蛇ですが、この世とは一味違うものがまずデンとあって、それらに影響されつつもしっかりと現実の人間らしく生きている描写は見事だと思います。人間らしさってのもひとそれぞれでしょうけども。しかし国という存在があって、それに対する人々の気持ちがただ2項対立になるのではなく、ここまでなら犠牲にしてもいい、いや犠牲にしていいのはここまでじゃないか、というなんていうのかな、個々人のスタンスが非常に複雑に描かれていて、それらが正義を貫こうとしていく中で、まあ偶然やらなんやらに影響されて大きな流れにいなっていく……。そういう描写が、王獣や闘蛇といった非現実的なものに惑わされることなく骨太なことは、正直非現実なものがなくても中途半端になりやすいことを踏まえても(踏まえなくても)見事だと思います。守り人でもそうだったけど本当に凄い。また描かれる国が「清らかな」真王が権威の象徴で「汚れた」大公が防衛を担当する二重構造ってのがねえ。大公側も、大公とその息子二人の政治的姿勢がまさに三者三様だったりして、もうなんかわくわくですよ。児童文学なのがもったいないね。2つの派閥があったとしても、派閥の中にはまたさらにえらい数の思想があっていいと悪いとかそういう感じじゃ無理だよな、ということは結構忘れがちなことだけに、こういうのを読むと興奮してしまいます。
 こういう舞台もそうですが、その中で生きるキャラクターもまた魅力的です。獣の奏者たる主人公エリンが面白いんだよなー。王獣を操る存在に成長する彼女なんですが、その過程が実に辛い。徹頭徹尾あらゆる場面で、「獣と人間は分かり合えない」ということを身をもって叩きこまれる。獣と人間の心の交流を描く昨今では珍しい(のかな? いや他はあまり知らないので……)タイプのような気がします。ドクタードリトル好きは卒倒しそうだ。ある程度言葉も通じるのですが、やはり人間は人間、獣は獣。それを踏まえて王獣を(多くの人間よりは)大事に考えているエリンと、実際はわからないけどエリンを守った王獣とのラストは、だからこそ感動的なのだと思います。人間と動物は所詮は相容れない。だからたまにでも、偶然にでも、通じ合ったような気がすると嬉しい。犬や猫が人間と同じように感じ考える、ということはないにしても、その比重が強くなりつつある(ような気がする)昨今、こういう風に人と獣を描き、しかも心にズンとくるような小説はなかなかに貴重だと思います。いやほんと、こんな小難しいこと考えない方がむしろ面白いだろうしね。実際俺も途中では全然考えてなかったしね。でもそういう醒めた目線は、先の国の描写にも通じるのかなと思います。そんでそういう目線が俺はたまらなく好きなんだよなあ。
 使命と自らの心の間で揺れるイアルは魅力的だし、フィクサーたるダミヤも怪しげなんだけどなんか目が離せない。ナイスガイのトムラに、きっと色々なことがあったんだろうなあって感じるジョウンやエサル……。いいキャラが揃っています。個人的に気になるのは初代真王のジェだなあ。登場しないんだけどね。でも自分の行いで国を滅ぼし、絶望とともに追放されて、そしてたどり着いた新しい土地で王になる。どれだけの想いと覚悟があったのか、想像するだけでも愉しいと思います。これ書いてくれるのかなあ。どちらでも構わないのですが、しかし守り人であれだけ骨太な外伝集を書いてくれたわけなので期待せざるをえないなー。ていうか俺まで2冊しか読んでないので、あと2冊でどうなるかまだ知らないんだよね。FUCK!! でもここで一旦は終わった、という作者のコメントもわかる気がします。気がするだけだけど。主人公は結構はじめから、人間が戒めを作って遵守しなければ滅びてしまうほどに愚かなら、もう滅びればいいじゃないかという考えで生きていたわけですし。獣との関わりの中で生きてきた彼女が主人公ならば、あれがラストでぴたっと収まる気はするのですが。でも子ども作った彼女も見てみたいってのはあるしねえ。どうだろう。
 獣の奏者。間違いなく名作です。ていうか放映中っていうアニメはどうなんだろう。でも目標がハイジってのは……。まあハイジ的な部分あるかもしれないけど……。つーか精霊の守り人もまだ見てないや俺……。