オフこんぺ

 例のドベのをとりあえず公開。中学生が「アンドローメダを西南にー」って歌ってるのを聞いて書いてみました。当時好きだった。ドベとってこんなに馬鹿にされたのも、ある意味珍しいのかもしれない。ファック。フォローがしんどそうなのが悲しい。そういえば、安岐山さんが雪さんについて語ったことはどのあたりまで真実なんだろう。今度確認してみないと。




 アスファルト色のコートと、ウイスキー色のサングラス。それに背が高く、何か変な匂いがする。そんな男が道端に座っていたら、誰だって逃げ出したくなるだろう。しかも、それがたまたま寄り道しただけの帰り道だったら。少なくとも、僕は逃げようと思って回れ右をしかけた。危険らしきものに近寄るな、と教えられない者はいない。
 だけど。もし、運命というものがあって、それが平凡な日常に大きな落とし穴を作っているものだとしたら。ウイスキー色に射すくめられたときに、僕はまさに、運命に飲み込まれてしまったんだろう。間に走った電光が、僕にそれを予想させた。
「彼」が大儀そうに右手を差し出したときには。僕はもう、その場所から動けなくなっていたのだから。




 3番乗り場、アンドロメダ行き 




 10歳の誕生日に貰ったナイフに、ちょっと背伸びして買った手帳。両方とも今まで使ったことはないけど、これから必要になるだろう。その確信が、胸の中で静かに燃えている。はじめての感覚は、想像以上に心地よい。
 リュックは軽いけど、本当はそれも要らないのかもしれない。大切なときと、大切なものと、大切な人は、たいていの場合は重なり合うものだ。もしそうならないのだったら、結局のところそれは必要ないのさ。いつか、父さんはそう言って、僕の頭を大きな手で撫でてくれた。だからな、本当に父さんがお前に必要なときには、絶対に父さんは傍にいるよ。闊達な笑みを、にこにこと頬に乗せて。
 そんな父さんを、リュックを背負いながら思い出す。ポリバケツに寄りかかった「彼」と、たまたまそこにいた僕。きっとその出会いは、本当に大切なものなのだろう、と。


『地球の気温は、プレアデス育ちには低すぎる。それに光が弱すぎるんだ。例えば、そうだな。君は本当のダイヤを見たことはないだろう。シリウスの宝石屋には、それは磨き抜かれたダイヤが並んでいたよ。あれは見事だった。超新星の輝きより眩く、ベガの煌きよりも美しい。地球ぐらいの星なら、48時間以上、すべての場所を昼にすることが出来るだろう』
 さっきのナイフも、このリュックも、父さんが僕にくれたものだ。1年に1度、決まって僕の誕生日に、父さんは僕にプレゼントをくれる。勿論母さんの誕生日にも、父さんはプレゼントをかかさない。母さんは恥ずかしがって見せてくれないけど、その日、母さんは一日中ご機嫌になる。
『オラクルシティでのサーカスは、それはとても見事だったよ。私は子供のときに父に連れて行って貰ったんだが、いや、あれは忘れることが出来ない。アンタレスの蠍に、オリンポスの天馬。ふふ。それにあのこぐまは、君10人分よりも重そうだったな』
 実は、僕はほとんど父さんに会った事がない。父さんはいつも世界中を飛び回っていて、たまに新聞や雑誌に載ったりする。漢字が多くて昔は読めなかったけど、今はようやく読めるようになった。世界的な冒険家。それが父さんだ。
 そして母さんは、僕が父さんについて知ることをあまり良く思っていない。きっと、母さんは僕が父さんみたいになるのが嫌なんだろう。
『この太陽系は辺境だが、プレアデスは星も人も多い。まあ、人、と言っても、君らが想像するような形じゃないものもいるがね。宇宙は広い。すべての種族を把握することなど、命に限りがある我々に出来ることではない。星の数ですら、完全には分かっていないのだからな』


 父さんの子供の頃にそっくりだな。
 あのナイフをくれた、10歳の誕生日。父さんは大きな手で、僕の頭をなでてくれた。深夜のベット。笑顔の父さんの向こうで、母さんは少し寂しそうな顔をしていた。違うわ、この子はあたしに似てるの。いつもの拗ねたときの声にも、震えが混じっていた。その声を聞いて、父さんは愉快そうに笑った。
 僕は眠かったし、昼間のドッチボールのせいで疲れてもいた。だから、その場面でせっかく開いた瞼が、抵抗できずに閉じてしまった。父さんが帰ってくるのなんて、滅多にないことだったけど。枕もとのナイフの入った白い箱と、少しだけ腫れた母さんの顔に、残念な朝が来たのを知った。


 母さんには手紙を書いた。友達には書かない。綺麗に掃除した部屋に、学校に行くときよりも幾分軽いリュック。旅立ちの夜に、父さんの息子にふさわしければいいと思う。
 学校にも、友達にも。母さんにも、不満なんてあるわけはなかった。だけど、それでも。僕は何かを見つけたかった。船に乗って世界中を駆け巡る父さんのように。「彼」のウイスキー色のサングラスの中で、一瞬だけ光った瞳のように。

『このペンダントは特別なんだ。宇宙のどこかに、これと同じものを持った人がいる。私の恩人で、そして……』
『私はもうすぐ、次元跳躍委員に引き渡される。だから、頼む。このペンダントを持っていてくれ。そして、渡してくれないだろうか。無理なら、私のような宇宙旅行者に託してくれ』
『そうか。……よかった。私が最後に出会った人間が、君のような人であってくれて』



 3番線は風が強かった。被ってきた帽子が飛びそうで、僕はずっとそれを抑えていなければならなかった。父さんのお下がりを、こんなところで無くすわけにはいかない。
 ステーションには、僕以外の人間はいないようだ。まだ夜が開けきっていない空間に、1番線の「南十字行き」の看板がカタカタと揺れている。
 きらきらと宝石光る。北斗のひしゃくの水晶を、プロキオンの精錬所で磨き上げた宝石。それが、地味なペンダントの中に入っている。僕らの言葉では言い表せない、虹の7倍も輝く光。しばらくその宝石を見て、ペンダントのふたを閉める。そして左胸のポケットにしまう。心臓に近い部分につければ、宇宙で最高の魔よけになる。「彼」はそう言いながら、懐かしそうな瞳でペンダントを眺めていた。
 そろそろ来る時刻。地球から乗る人間はそうはいない、という彼の言葉通り、直前になっても誰も来なかった。ますます風が強くなる。動悸も早くなる。はじめて船に乗ったときは、父さんもこんなにドキドキしたのだろうか。考えて、ちょっと誇らしくなる。鞄がばたばたと揺れる。

 そして。アンドロメダからの風が、紅色に僕を包んだ。